桜崎は自宅に着き、玄関のドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。
回してもドアが開かない・・・・
焦っているので、鍵を穴の途中まで入れた状態で回そうとしていたのだ。
ガチャガチャと、音がする。
 
やっと開いた。
玄関の中に入り、急いで靴を脱いで、階段を駆け上った。
「勇夫さんがずっと楽しみにしていた徳川さんの演奏だから、なんとか間に合ってくれれば良いんだけど・・・・。」
百合子は玄関から、階段を上る桜崎の後姿を心配そうに見つめながら呟いた。
 
2階にある書斎部屋の中にある書類棚の中から、「奥富ビル7階平面図」と書いてある図面を抜き取った。
「あ、これだ・・・。」
一応、中を確認して、すぐに階段を降りた。
 
「百合子、行こう!」
玄関のドアを閉めて、小走りに目白駅に向かった。
 
 
目白通りの歩道を歩いている時、周りの人の歩く速度が妙に遅く感じた。
前から向かってくる自転車にぶつかりそうになり、体がよろめいた。
桜崎はイライラしていた。
「間に合いそうですか?」
百合子が、心配になって言った。
「いや・・・・。」
と言っただけで、桜崎は駅に一直線に向かって歩いている。
 
 
山手線の、発車間際の電車に飛び乗った。
百合子は、桜崎に着いて行くのがやっとだった。
電車の中は、休日の遊び帰りの人で凄く混んでいた。
 
高田馬場で東西線に乗り換え、次に日本橋で銀座線に乗り換えた。
桜崎は、京橋駅に着く前から人を掻き分けて、ドアの近くまで移動した。
ドアが開く前から、ドアにピッタリとへばりついて、一秒でも早くホームに出たいという感じだ。
電車が停まり、ドアが開いて、やっとホームに出た。
桜崎は、会社に一番近い出口の階段に向かって、早歩きを仕出した。
「あなた。ちょっと待って下さい・・・・。」
百合子が、堪りかねて言った。
桜崎には聞こえていない。
 
階段に差し掛かり、桜崎は後ろを振り返った。
百合子は、5メートル程後方に居る。
桜崎は、「こっちだよ。」と言わんばかりに手招きした。
だが、後ろから、どんどん人が押し寄せて来て、前へ進むしかない。
百合子が、人の影になってしまった。
桜崎は、仕方なく階段を昇った。
百合子は、桜崎に追い着こうと必死だ。
 
百合子が、やっと階段に差し掛かった。
その時、
「あっ!」
百合子が、階段から足を踏み外した・・・。
 
「ううぅ・・・、痛い・・・・。」
百合子は、足首を捻挫してしまった。
 
動けない・・・・。
 
周りの人は、うずくまる百合子の横を通り過ぎて行く。
その時桜崎は、ちょうど、階段の中程を昇っていた。
しかし、百合子が怪我をした事に、全然気づいていない。
 
桜崎は、階段の上に着いて、百合子を待った。
階段の上から見下ろしても、百合子の姿は見えなかった。
「おかしいな・・・・。」
桜崎は苛立ちながら、そう呟き、キョロキョロと下を見渡している。
人は、どんどん横を通り過ぎて行く。
人が少なくなって、やっと百合子の姿が見えた。
「あっ!」
百合子は、下を向いて足首を押さえている。
「どうしたんだ!大丈夫か?」
桜崎はそう言い、階段を駆け降りた。
 
「ああぁ、痛い・・・・。」
百合子は、目に涙を浮かべて唸っている。
「百合子、大丈夫か・・・・。」
桜崎は心配顔で、百合子が手で押さえている足首を見た。
「うーん・・・、慌てて、足を踏み外してしまって・・・。ちょっと捻挫してしまいました。」
と、百合子は小声で言った。
「捻挫してしまったのか・・・。ごめんね。僕が急がせてしまったから・・・・。」
桜崎は、そう言い、百合子の背中に手を添えた。
 
 

10分程経ち、ようやく痛みが治まった。
「あ、ごめんなさい。もう大丈夫です・・・。」
百合子はそう言い、その足を階段に着けた。
「痛っ!」
再び、激痛が走った。
百合子は、またうずくまり、考えていたが、少しして、震えるような声で言った。

 
「あぁ・・・・、やっぱり駄目みたい・・・・。あなた、先に行って下さい。」
 
 
 
 
 


               


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