ライブの日から1週間後の土曜日、徳川と紀香は久しぶりの休日を迎えていた。
二人は、午後1時に池袋駅東口前で待ち合わせた。
約束の時間より少し前に着いた徳川は、しきりに時計を見ながら落ち着かない様子だ。
街を歩く人達が、目の前を、傘を差しながら通り過ぎる。
その日は、あいにくの雨だった。
 
「せっかくの、久しぶりのデートなのに、雨だもんなぁ・・・・。」
徳川は一人つぶやき、傘を斜めにして雨空を見上げ、また、つぶやいた。
「確か、天気予報では晴れるって言ってたのに・・・、ついてないなぁ・・・。」
 
徳川は時計をしきりに見ていたが、時計の針は1時10分を過ぎた。
 
 
「徳川くん!」
その声に振り向くと、紀香が3メートル程離れた場所から手を振って近づいて来た。
「ごめん・・・、待った?」
紀香が言うと、
「うん、もう、1時間も待ったよ。しびれ切らしたから、そろそろ帰ろうと思ってた所だよ。」
徳川は冗談を言ったが、紀香はびっくりした様子で、
「えっ!待ち合わせ時間って、1時だったよね・・・?」
と言った。
徳川は、クスクスと笑いを堪えている。
それを見て、紀香は言った。
「あー、もー、徳川くんったら、ひどーい!」
二人は、笑った。
 
「今日は、せっかくなのに、雨になっちゃったね。」
紀香が、残念そうな顔をして言った。
「ほんとだね・・・。でも、紀香さんが雨女だからじゃないのかな?」
徳川が言うと、
「何言ってるの?徳川くんこそ雨男なくせしてー!」
二人は、また笑った。
 
 
「ねえ、お腹は空いてない?」
徳川が尋ねた。
「うーん、今はまだお腹空いてないかな・・・。後じゃダメ? さっき食べちゃったんだ・・・」
紀香は、徳川の方を向き、言った。
「そうか、じゃ、先に何処かへ行こうか?」
徳川も、紀香の方を向いて言った。
「そうだね・・・。どこ行く?」
紀香が尋ねると、徳川は、
「ねえ、ムーンライト・ビルの水族館に行かない?」
と言った。
じつは、徳川は前日からムーンライト・ビルの水族館へ行こうと決めていた。
紀香は、言った。
「あっ、水族館なんて久しぶりだなあ・・・。じゃ、行こうよ。」
 
 
水族館の中は、さすが土曜日とあって、混んでいた。
大きな魚や、小さな魚、様々な魚が水槽の中で泳いでいたが、紀香は、特に哺乳類のアザラシや、ラッコや、イルカなどに興味があるみたいだ。
「かわいいね。」
と、徳川が言うと、紀香は、
「あー、ホント飼いたくなっちゃうなー!」
と言った。
 
水族館を出て、ムーンライト・ビルの中のロシア料理のお店に入った。
肉料理と魚料理、ピロシキ、ボルシチ、サラダなどを食べた。
 
「ねぇ、これから、どうする?」
紀香が、徳川に尋ねた。
「本当はね、展望台に行きたかったんだけど・・・。今日は雨だしね。」
徳川がそう言うと、
「でも、雨でも、せっかく来たんだから、昇りたいな・・・。」
紀香は、うつむいて言った。
 
 
 
二人は、展望台に昇った。
展望台に着くと、外の景色は、もう既に夜景だった。

「あれ・・・、もうこんな時間だったんだね・・・。」
紀香が腕時計を見て、言った。
「あ、ほんとだ。もう7時だったんだね。楽しい時間はホントに経つのが早いなあ・・・。」
徳川は、寂しそうな顔をして言った。
 
「あっ!」
「え?どうしたの?」
徳川が、紀香のびっくりした表情を見て聞くと、
「ねぇ、ほら。見て見て!」
「え?なに・・・?」
「ほら!外だよ。」
「新宿の高層ビルか・・・。」
「じゃなくって、空を見て!」
徳川は、夜空を見上げた。
 
昼間まで降り続いていた雨は、もう、すっかり止んでいた。
「あっ!やっぱり天気予報は当たっていたんだ・・・。」
徳川は、信じられないと言った表情をしながら言った。
徳川と紀香は小走りに走り、大きなウインドウの前に立った。
 
 
東京の夜景は、とても綺麗だった。
すぐ近くに新宿の高層ビル群、首都高速のオレンジ色に続いているライト、東京タワーなどが見え、遠くには、お台場の観覧車や、羽田飛行場に降りる飛行機の赤いライトが動いて見えた。
そして、それよりもっと高い所に、満月の月が白く美しく輝いていた・・・・
 

 
二人は美しい夜景を眺め、酔いしれていた。
ただただ、今の幸せをかみ締めていた。
寄り添い、時間を忘れた・・・
 
 
と、その時、携帯電話のベルが鳴った!
 
 
 
 
 



               


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