その頃、紀香は成田へ向かっていた。

本当は、徳川の見送りには行かないつもりでいたが、やはり、紀香にとって、それはそれで、辛かった。
自宅のある世田谷から世田谷線に乗り、下高井戸、新宿、御茶ノ水を経由して、本八幡に着いた。

本八幡から京成八幡へ行く途中、歩きながら、徳川に、見送りに行く旨を伝えるメールを送った。

徳川からの返事はなかったが、紀香は、とにかく向かった。
 
京成八幡から成田空港までは、電車で1時間8分で着く。
紀香は腕時計を見た。
針は、午前95分をさしていた。
「よし・・・、これなら、なんとか見送りの時間に間に合いそうだわ・・・。」

紀香は、そう、つぶやきながら歩く足を速めた。
 
京成八幡に着くまで、時間の事ばかり気にしていた紀香だったが、京成八幡から電車に乗ると、少し安堵して、ふぅっとため息をついた。
だが、電車に乗っている時間は、まるで時計の針が止まってしまったのではないかと錯覚するほど、とても長く感じた。
その間、紀香はずっと、徳川との時間を思い出していた・・・・。
 
 
「楽しかった、あの時間たち・・・・。」
 
 
紀香は成田空港に着くと、すぐに走り始めた。
そして、電光掲示板で、1242分のニューヨーク行きの便を探した。
 
「えーと、えーと・・・・。」
沢山ある航空会社の中から探すのは、容易ではなかった。
「これも違う・・・、あれも違うなぁ・・・・。」
紀香は、次第に焦っていった。
時計を見た。
探し始めて、もう15分以上が経過してしまった。
「冷静にならなくちゃ・・・。」

紀香は、そう自分に言い聞かせた。
 

 


「あった!これだ。JAM航空の便だ!」
 
だが、ターミナルが何処にあるか分からない・・・・。

丁度その時、5メートル程先に、スーツケースを持って歩いているスチュワーデスが目に入った。
紀香は思わず駆け寄り、
「すみません!JAM航空のターミナルは何処ですか?」
と、つっけんどんに言った。

「はい、誠に申し訳ありません。こちらは第1ターミナルになっておりまして・・・、恐縮ですが、JAM航空様でしたら、第2ターミナルになっております。」
スチュワーデスは、穏やかに答えた。
自分が、つっけんどんに言ったにも関わらず、スチュワーデスの、その穏和な対応に、紀香は心恥ずかしくなった。
 
 
紀香は、ふと、電車で来る途中、一つ手前の駅が「成田空港第2ビル」という駅だった事を思い出した。
急いで外に出て、タクシーに乗った。
「第2ターミナルへ、急いでお願いします!」
 
タクシーは急発進し、第2ターミナルへ向かった。
 
2ターミナル前に着き、紀香は運転手に千円札を渡すと、お釣りを受け取らないでタクシーから降り、走り出した。
そして、第2ターミナルビルに入ると、早速、空港係員にJAM航空の出発ロビーの場所を聞き、それに従って、3階まで駆け上った。
 
「徳川くん、ここに居るんだよね・・・。」
紀香は、声を出して、そう言い、小走りにチェックイン・カウンターを一つ一つ見て回った。
 
 
だが、徳川は居ない・・・。
 
 
「徳川くん、まだ来ていないのかなぁ・・・・。」
紀香はそう言いながら、腕時計に目をやった。
針は、118分をさしていた。
 
紀香は、汗をハンカチで拭きながら、チェックイン・カウンターとセキュリティ・チェック、そして、出国審査場の方にまで目を行き渡らした。
 
1140分を過ぎても、まだ徳川の姿は見つからない。

「出発まで、あと一時間なのに、徳川くん、一体どうしているんだろう・・・・。」
紀香は電話をしてみようと思い、携帯電話を手に持った。
だが、圏外だった。
 
紀香は反射的に、近くの公衆電話へ走った。
が、どの公衆電話も、23人並んでいた。
「こんな時に・・・・。」
紀香は、苛立ちと不安でいっぱいだった。
 
 
「徳川くんに、会いたい・・・・。」
 
 
「神様・・・、どうか、徳川くんに逢わせて下さい・・・・。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 



               


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