「ゴーーー!」という飛行機の離陸音で、徳川は目が覚めた。
目を開け、窓の外を見た。
離陸したばかりの旅客機が赤いライトを点滅しながら飛んで行く・・・・。
外は、もう暗い。
 
徳川は、一瞬、何がどうなっているのかが解らなかった。
だが、すぐにハッとなり、慌てて腕時計を見た。
もう既に、夜の9時を回っていた。
徳川は、窓と反対側の方へ向き直った。

体が重たい・・・。

横には、他の患者が寝ている。
「ここは、病院なのか・・・・。」
徳川は、仰向けになり、考えた。
「僕は、いったい、どうしたんだろう・・・・。さっき、確かに、病院から抜け出して、チェックイン・カウンターの近くまで走って来たと思っていたんだけど・・・・。」
「・・・・何で、ここに寝ているんだろう。結局、乗るはずの飛行機には乗れなかったのか・・・・。」
そして、もう一度、窓を見た。

「ここは、確かに病院だ・・・・。でも、さっきの病院とは違うようだ。あの病院からでは、飛行機がこんなに遠くに見えるはずがない・・・・。」

徳川は、しばらく考えていたが、やはり理解が出来なかった。
ベッドに備え付けてあるナース呼び出しブザーがあるのに気づき、手を伸ばした・・・・。
 
 
 
「あっ、やっと起きたのねっ!」
 
その声に吃驚して、徳川は振り向いた。
 

「あ・・・・。」
徳川は、とっさに声が出なかった。

 
目の前で、紀香がこちらを見て微笑んでいた。

徳川は、ブザーを押そうとした手を引っ込めた。

 


「徳川くん・・・・。」
 
紀香は徳川の名を呼ぶと、いきなり泣き出した。
徳川も、その紀香の声を聞き、涙がこぼれた。
 
二人は、その後、互いの顔を見つめていたが、先に声を発したのは紀香の方だった。
 
「もう、会えないと思った・・・・。」
「僕もだよ・・・。」
徳川は、すぐに言った。
 
紀香は、溢れそうになる涙を堪えながら、
「私ね、もう、会わないつもりでいた・・・。成田にも来ないつもりでいた・・・。でも、来ちゃったの・・・・。」
と、そこまで言うと、ハンカチで涙を拭い、言葉を続けた。
「昨夜の電話の時は、本当に、本当に、『成田には行かないんだ。』って決めていたんだけど・・・。でも、あれから全然眠れなくて、徳川くんとの思い出が、ずっと頭の中を駆け巡ってて・・・・、とても辛かった・・・・。」
紀香は、また涙を拭った。
「それでね・・・、こんなに辛いんだったら、もう、これ以上の辛さは考えられないと思ったから・・・、それだったら、成田に会いに行こうって思ったの・・・。それで、来ちゃった・・・・。」
紀香は、また大粒の涙を流し、ハンカチで拭った。

徳川は、ハンカチで拭う紀香の指を見ていたが、すぐに顔に目を移しながら言った。
「そうか・・・、どうもありがとう。来てくれて、僕は、本当に嬉しいよ。」
そして、その後、窓の外にちらっと目をやり、続けた。
「あ・・・、ところで・・・、ここは、どこの病院?」
「空港の近くの病院よ・・・・。あ、でも、徳川くん、やっぱり覚えていないのかなぁ・・・・。」
「うん・・・。」
「あ、あのね。私、11時ちょっと過ぎた辺りから、チェックイン・カウンターの近くで徳川くんを探していたのね。それで、もう、出発まで、あと30分くらいになって、『もう会えないんだ・・・。』って諦めていたの・・・・。」
「うん、それで?」
徳川は、促した。
「でも、それは、会えなかった時のショックを和らげるためで、本当は、『もうすぐ来てくれるかも知れない・・・。』って、祈る気持ちで、ずっと待っていたの。」

「・・・・。」
徳川は、涙を堪え、黙っている。

「それでね・・・。結局、時間になっちゃって・・・・、私、帰ろうと思って出口に向かおうとして、トボトボと歩いていたら、大集りの人の中で、担架で運ばれる人を見たの。」
紀香は、少しうつむきながら言った。
「それが、徳川くんだったの・・・・。」
 
「そうか・・・・、僕は、倒れたんだね。」
徳川はそう言うと、急に思い出したように、
「あ・・・、でも、僕は確か、30分くらい前にはチェックイン・カウンターの近くまで来ていた気がするんだけどな・・・。」
と言った。

「えっ!本当?」

紀香は、びっくりしたような顔をして徳川の顔を見据えた。
徳川は、その紀香の驚き様に、逆に驚いた。
「本当だよ。だって、チェックイン・カウンターの近くまで来た時に、腕時計を見たのを覚えているよ。確か、あの時、時計の針は・・・、えーと、12時ちょっと過ぎだったから。」
「じゃあ、倒れてから、30分も過ぎてから担架で運ばれたんだ・・・・。」
紀香は、腕時計を見ながら言った。
 


実際、徳川が倒れた時、徳川は、よろよろと壁の方へ向かい、壁に寄り掛かる格好で倒れた。
徳川が倒れた端の方では人目につかず、人が気づいて警報をしてくれるまでの間に、まず時間が掛かった。
そして、空港内クリニックの担架が来てからも、倒れた患者を急に起こす事は危険なので、しばらくの間様子を見ていた。
徳川を病院へ運ぶまで、随分と時間が掛かったようだ。
そして病院に着くと、まず脳波を調べて、脳には異常のない事が分かると、解熱剤を注射して休ませた。
 


紀香は、徳川を発見してから、ずっと付き添っていた。
空港内クリニックから、空港近くの病院へ徳川を運ぶ救急車の中でも、紀香は付き添った。
本当は、徳川が空港に着いた時点で行った「空港に一番近い病院」へも行ったのだが、あいにく病室が塞がっていて、入る事が出来なかった。
仕方がなく、空港から車で15分程離れた私立病院へ運ばれた。


そして、そこで受けたCTスキャンの検査が、その後、ある事態を招こうとは、紀香、そして徳川自身、到底想像出来るものではなかった・・・・。

 

 


               


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