「そうだっ!」
徳川は、いきなり大きな声を出した。
「どうしたの?」
紀香はびっくりして、徳川の方を向いた。
 
「予定の便でニューヨークに着いたら、桜崎さんの友達の沖村道昭さんという人が空港まで迎えに来てくれる事になっていたんだ!」
徳川は、病室の壁に掛けてある時計を見ながら言った。
すると、紀香は慌てた表情をして、
「今、その人に国際電話したらどうかな。もう間に合わないかなあ・・・・。」
と言うと、更に思い出したように、続けた。
「あ、徳川くん、桜崎さんの電話番号分かる?」
「うん、分かるよ。ちょっと待ってて・・・。」
徳川は、そう言うと、枕元に置いてあるカバンを開けて、手帳を取り、空白のページに桜崎の電話番号を書いて紀香に手渡した。
「じゃ、電話して来るね。」
紀香は病室を出て行った。
 
 
 
紀香は小走りに、病院一階にある公衆電話へ向かった。
そして、急いで受話器を手に取り、ボタンをプッシュした。
 
桜崎の携帯は、留守番電話になってた。
 
「あー、こんな時に、なんでー!」
紀香は苛立ち、すぐに電話を切った。
 
そして、今来た廊下を、また戻った。
だが、階段を途中まで上り、踊り場に差し掛かった時、紀香は急に体を反転させた。
 
紀香は、さっきよりも早足で走った。
公衆電話に着き、再び桜崎に電話した。
また留守番電話になっていたが、今度は、そこにメッセージを録音した。
 
「清水紀香です。桜崎さん、徳川くんは予定の飛行機に乗る事が出来ませんでした。このメッセージをお聞きになりましたら、すぐに私の携帯に電話して下さい。」
そう言い、自分の携帯電話の番号をプッシュした。
 
紀香は、また急いで病室へ戻った。
徳川は、横になっていた。

「徳川くん、桜崎さんの携帯、留守電になってたから、私の携帯に電話くれるようにメッセージ残したよ。だから、ちょっと外に行って来るから待っててね。」
紀香はそう言いながらバッグを手に持ち、外へ出て行った。
 
 
成田の冬の夜は、風が強く、とても寒かった。
紀香は冷たくなった手で、バッグから携帯電話を取り、電源を入れた。
念の為に、もう一度桜崎に電話を入れた。
「まだ、留守電かぁ・・・・。」
そうつぶやくと、電話を切り、コートのポケットに手を入れた。
あまりに風が冷たいので、病院の裏側に廻った。
病院の裏側は、外灯もなく、とても暗かった。
とてつもない不安が襲ったが、紀香は我慢した。
 
 
30分が過ぎ、また桜崎に電話してみた。
 
「はい、桜崎です!」
呼び出し音が鳴ると同時に、桜崎は電話に出た。
 
「あっ、桜崎さんっ!」
紀香は、まさかと思いびっくりした。
 
「あ、紀香さんだね。今メッセージを聴いたところだったんだよ。それで、すぐに電話しようと思ったら、そちらから電話が来て・・・。」
桜崎はそこまで言うと、
「あああ・・・、ところで、徳川君はどうしたんだね?」
と、問いかけた。
「はい。今日、予定の便に乗ろうとしていたんですが、高熱を出してしまいまして・・・。」
「高熱!?」
「そうなんです。それで、今、成田空港の近くの病院に入院しているんです。」
「そうか、それは大変だ・・・。それでは早速、ニューヨークの沖村さんに電話しなければいけないね。ところで、徳川君の容体はどうなんだい?」
「はい。病院に運ばれた時は40度を超えていたんですが、今は解熱剤が効いたみたいで、少しは楽になったような感じです。」
「そうか。ま、とにかく沖村さんに電話してみるよ。それでは・・・。」
桜崎は、そこで電話を切ろうとしたが、慌てて、
「あっ、ちょっと待って!そこの病院の電話番号を教えてくれないかな?」
と言った。
「えーと、ここの病院の電話番号は・・・・。ちょっと待って下さいね。」
紀香は、病院の玄関に廻った。
そして、玄関前にある病院の看板を見つけ、桜崎に病院の電話番号を告げた。
「あ、どうもありがとう。それでは、また何か変わった事があったら連絡してね。」
桜崎はそう言うと、電話を切った。
 
 

紀香の体は、凍えた。
携帯電話をバッグに収めると、小さく身震いし、急いで病院内に入った。
病室に着くと、徳川は眠っていた。
 
 

紀香は、徳川の寝顔をずっと眺めていた。
 
 
 
 
 
 
 


               


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