紀香は、ベッドの中で、寝付けないでいた。
やはり、どうしても徳川の事を考えてしまう・・・。
もう忘れようと思っても、そう思えば思うほど、忘れられない。
時間は、夜中の2時を過ぎていた。
 
紀香は暗い天井を見つめていたが、いきなり布団を払いのけ、起き上がって、部屋の照明のスイッチをつけた。
眩しい光が、目に飛び込んでくる。
紀香は瞬間的に目を閉じたが、そのまま、しばらくの間目を閉じたまま、また徳川の事を考えていた。

「徳川くん、今頃、どうしているのかな・・・。」
「もう、ニューヨークに着いているかな・・・。」
「私の事、思い出してくれているかな・・・。」

沢山の質問を、暗闇に向け投げかけた。

 
 

と、その時、電話のベルが鳴った。
「プルルル・・・。プルルル・・・・。」
紀香は、すぐに受話器を手に取った。
紀香は結局一睡も出来ずに、朝を迎えていたのだった。
 
「はい。清水ですが・・  」
紀香が言葉を発すると同時に、相手の男は大きな声で言った。
「清水さん!テレビを見ているか! この飛行機は、徳川くんが乗っている飛行機ではないか?」
声の主は、勝木だった。
「えっ・・・・?」
紀香は、一瞬、なぜ勝木が怒鳴って言っているのかが理解出来なかった。
 
「校長、どうしたんですか?」
紀香は、改めて聞くと、勝木は更に捲くし立てた。
「テレビだよ!テレビ!! 今、臨時ニュースをやっているから、とにかく早く!」
「は、はい・・・。」
紀香は、「テレビ」という単語だけに反応して、とにかくテレビのスイッチを入れた。
 
紀香がつけたテレビのブラウン管には、飛行機後方部だけが海に横たわっている映像が映っていた。
「えっ、こ、これは・・・。校長・・・。いったい何が起こったんですか?」
一瞬、紀香は何が起こっているのかが理解出来なかったが、この事態を想像するのに、時間は掛からなかった。
次の瞬間、思い出したように不安が過ぎった・・・。
 
「えっ、まさか・・・。」
 
そう思う紀香の気持ちと同時に、勝木は大きな声で言った。
「徳川くんが乗った飛行機は、951便ではないか!?」
「そうです・・・。951便です・・・。この飛行機は、951便なんですか?」
紀香は、そう言ったが、次に勝木が言う言葉が容易に想像出来た。
紀香は、続けた。
「この、海に横たわっている飛行機が、まさか、徳川くんの乗っている・・・。」
紀香は、そこまで言うのがやっとだった。
 
勝木は、息を呑んで、何かを言おうとした・・・。
が、その前に、紀香がまた続けた。
「ここは、いったい何処なんですか・・・?」
紀香の声は、震えている。
「ここは、シアトルの近くの海岸らしい・・・。」
勝木は、紀香の震えを押し消そうと、わざと落ち着いた口調で言った。
 
実際、飛行機の墜落場所は、シアトル南西、オリンピアの街を越えたところにある、リードベター・ポイントステート・パーク沖だった。
 
「僕もたった今ニュースを見たばかりだから、まだ良く解らないんだが・・・、ニューヨーク行951便と言っていたから、もしかして・・、と思って電話したんだよ・・・。」
勝木自身、「まさか徳川の乗った飛行機が墜落するなんて、そんな事はない・・・」と、半信半疑でいた。
 
その後、勝木と紀香はそれぞれのテレビに見入っていた。
二人とも緊迫しながら、映像や言葉に目と耳を傾けていた。
しかし、ニュースは、まだ現場の状況がハッキリと届いていない様子で、同じ場面の映像が繰り返し流されていた。
 
 
数分後、新たな情報が届いたらしく、画面は急に慌しくなった。
画面映像では、米軍の救助ヘリや救助船、そしてゴムボートなどが現場の飛行機を取り囲んでいた。
救助ヘリの他、マスコミのヘリなども多数、上空を飛び回っていた。
その映像が流れ、同時に、現在確認死者数も発表された、
「今現在確認された死者数は、96人・・・。」
179人乗りのこの飛行機は、残り、まだ83人の行方不明者がいた。

 
 
紀香は、この不安と緊張の中で耐え切れる自信がなかった。
「校長、今何処にいらっしゃるのですか?」
紀香が、言った。
「あ、ああ、、僕は今自宅だけど、これからJAZZ BEATS(ジャズ・ビーツ)に向かうよ。」
「あ、私も今から行きます・・・。一人でこれを観ているの、とても耐えられそうにありません・・・。」
「よし、それじゃ、校長室で待っているよ。」
二人は電話を切った。
 
 

 

紀香は、テレビのスイッチに手をやり、見納めるような心境で電源を切り、そして、すぐに着替えて、外へ出た。
そして、世田谷駅まで走った。
世田谷駅の中に入ろうとしたが、一瞬立ち止まって、向きを変え、世田谷通りに出てタクシーを拾った。
「代々木までお願いします。」
 
 
タクシーの中でも、ラジオからこの臨時ニュースが流れていた。
「飛行機の前方部分の胴体は、依然見つかっていない模様です!」
「只今、米軍の小型潜水艦やダイバーが懸命に捜しているという情報が入っています!」
「邦人の確認は、まだ取れていませんか!?」
「いや、今現在の状況では、分かりません!」
「現場は、混乱を極めている模様です・・・・・。」

アナウンサーの声は、続いた。



               














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