ロバート・オットー博士は、すでに手術準備に入っていた。
数人の看護師が、彼の指示に従い、慌しく動いていた。
キャサリンは、男の方の患者を担当した。
患者を見たキャサリンは、思わず絶句した。

「これは、ひどい・・・・。」

この患者は、頭蓋骨骨折、右手首骨折、右足首骨折、腹部打撲をしていた。
 
 
10分後に手術が始まった。
女の方の患者の担当医は、デイブ・ホーガン博士だった。
この患者は、右膝複雑骨折、大腿骨骨折、腹部打撲。
二人の手術は、困難を極めた。
手術を開始してから、3時間、そして5時間と経過した。
 

集中治療室前の廊下では、数人の看護師が固唾を飲んで、見守りながら待機していた。
それぞれが、ちらちらと何度も「手術中」のランプを見ている。

「どうか、手術が成功しますように・・・。」

そこに居る看護師のすべてが、そう祈った。

 

 
 
手術開始から8時間経過した頃、廊下の「手術中」のランプが消えた。
廊下の看護師達は、それを見て同時に深いため息をついた。
その中に、トムもいた。
 
「手術中」のランプが消えてから15分後、集中治療室のドアが開いた。
中から、まずロバート・オットー博士が出てきた。
続いて、デイブ・ホーガン博士、そして、手術に立ち会った看護師が数人出てきた。
キャサリンは、最後だった。
 
ロバート・オットー博士が、廊下の中央に進み、沢山の看護師の前で、静かに首を横に振った。

周りの看護師からは、絶句の言葉がもれた。

「ああ・・・、神様・・・。」
 
 
 
 
「キャサリン!」
聞き覚えのある声に、キャサリンはハッとして振り向いた。
「あ・・・、トム・・・。来てくれたのね・・・・。」
「勿論だよ。」
「ああ・・・、本当にごめんなさい・・・。頑張って来たけど、でも、残念な結果になってしまって・・・。」
「ああ、それは仕方がないよ。キャサリンが悪い訳ではないからね。」
その言葉を聞いて、キャサリンは沈黙した。
「・・・・。」
トムは、合間を縫うように、続けた。
「だいたい、キャサリンには休日ってものがないじゃないか。この病院は、労働者に休日を与えないのか・・・?」
トムは苛立ち、押さえ切れなくなって、大きな声で言った。
「やめて!」
キャサリンも大きな声で言ったが、その後、急に声を細めて言った。
「トム・・・、私の仕事、解って欲しいわ・・・。例え、私に休日があっても、患者さんには休日はないの・・・。毎日、至る所で、患者さんは苦しんでいるのよ・・・。」
そのキャサリンの言葉に、トムは、向きを変え、無言で去って行った。
 
 
 
3日後、マーカス・ホリー病院からワシントンにある日本大使館経由で、日本政府へ写真付きの文書が送られた。
「身元不明の2遺体を、確認して欲しい。もし確認出来ない場合は、こちらで解剖を行います。」
という内容だった。
 
実際、ここシアトルの他、アメリカ西海岸で、この二人の日本人の情報を調べた。
しかし、身元確認は採れなかった。
そして、日本政府からの連絡は一週間後に届いた。
「こちらでも、その写真の男女の確認は得られませんでした。」
 

マーカス・ホリー病院では、次の日、解剖が行われた。
死因は、男の方は頭蓋骨骨折による脳内出血にて死亡。女の方は腹部内臓破裂による出血多量により死亡・・・、と記録された。
 
しかし、この二人の事について、不明な点が多かった・・・。

 
 
 
その日、シアトル北西にあるノース・ビーチに、一人の男が倒れているという情報があった。
地元の漁師がすぐに救急車を呼んで、マーカス・ホリー病院へ運び込まれた。
その男も、日本人だった。
 
そして、それから4時間後、そこから更に北にあるハイランズ・スプリング・ビーチで、一人の男の遺体が発見された。
その男は、紺色の背広を着ていた。
胸ポケットには遺書があった、
「我が娘の結婚式・・・、天国から見守る・・・。」
と、書かれてあった。
 
新たにマーカス・ホリー病院に運ばれた日本人の男は、すぐに手術を受けた。
この手術についても、ロバート・オットー博士が担当した。
 
「また、日本人か・・・。何故、同じ様なケースが続くのだろう・・・。」
オットー博士は、小さな声でそう言うと、先日の、日本人の男女の手術の事を思い出していた。
 
 
あの最後の姿を払いのけるように、オットー博士はメスを入れた。
 
 
 

               



 

 

 

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