その頃、キャサリンは、トムに電話をしていた。
「トム・・・。」
「・・・・。」
「なんで、私の仕事の事を理解してくれないの・・・?」
「・・・・・。」
トムは、黙っている。
「トム・・・・。」
キャサリンは、そうトムの名を呼ぶと、次の言葉を失った。
しばらく、二人の間にやり場のない時間が経過した。
 
 
しばらくして、沈黙を破ったのはトムの方だった。
「だって・・・、僕達付き合っているんだろう・・・?それなのに、なんで、なかなか会う時間がないんだよ・・・。しかも、やっと会えたと思えば、キャサリンはいつも病院に電話して、結局、急診になって行ってしまうよね・・・?」
「・・・・。」
今度は、キャサリンが沈黙した。
トムは、続けた。
「キャサリン・・・、前のキャサリンは、いつもそんなに病院に献身的じゃなかったはずだよ・・・。なんで・・・?」
トムがそう言うと、キャサリンはハッとした様に、少し声を荒立てて言った。
「私は、今まで看護師をしていて、初めは分からなかったけれど、最近やっと分かった事があったの!病院ってね、本当に毎日入れ替わり立ち代り、様々な患者さんが入ってくる所なのよ!」
 
一呼吸置いて、キャサリンは続けた。
「その時に、一人でも多くの看護師の手が必要な時があるの。そして、もし、その時に私が居なかったら・・・、と考えると、居て堪らない気持ちになって・・・。」
キャサリンはそこまで言うと、声を詰まらせて、堪り兼ねず泣いた。
「・・・・。」
トムは黙っている。
キャサリンはしばらく泣いていたが、大きく涙を拭うと、凛として、言った。
「トム・・・、あなたが、もし私の仕事を理解出来ないのだったら、もう、これ以上お付き合いするのは難しいわ。」
トムは、少し考えていたが、小さな声で言った。
「そうか、解ったよ・・・。キャサリン、君は、まるで病院という小屋に繋がれている犬と同じだね。僕は、飼い主にはなれないよ。」
 
トムがそう言い終わったと同時に、電話は切れていた。
 
 
 
 
その頃、オットー博士は、手術に全神経を集中させていた。
先日の日本人男女二人の手術では、結果、悪い事となってしまった。
手術経験豊富な彼にとって、患者が命を落とす事になるという事は、今までに幾度も経験していた事だったが・・・。
しかし彼は、その手術後、これだけ後味の悪い経験をしたのは初めてだった。
彼にとって、初めて経験した、死因のあやふやな解剖結果だったのだ・・・。
 
オットー博士は、その時の事を振い払おうと、懸命に手術をした。
「きっと、成功させて見せる・・・。」
彼は、そう自分に言い聞かせていた。
 
 
 
手術を始めてから、3時間が経過した。
密閉された空間の中で、
金属のトレイからメスを取る音・・・。
手術をする時にしか使わない会話。
冷たい時間が通り過ぎた。
 
 
 
4時間後、オットー博士はトレイにメスを置いた。
オットー博士は、大きく息を吐いた。
「成功だ・・・。」
 
廊下の「手術中」のサインは消えた。
廊下で待ち受けていた看護師たちは、息を飲んでいたが、オットー博士がドアを開けて出て来た時の顔の表情を見て、そこにいたすべての人達が察した。
「おめでとうございます!オットー博士。」
「ありがとう・・・。」
いつもクールなオットー博士だが、この時はにこやかに微笑みを浮かべた。
 
 
 
オットー博士の手術を受けた日本人患者は、その後、外科第一病棟の個室に移された。
まだ意識はない。
静かに眠っている。
まだ、全身麻酔が効いているのだろうか。
 
夜になった。
看護師たちは、代わる代わる、その日本人患者の心電図、血圧、脈拍数、体温などをチェックしていた。
その看護師の中に、キャサリンの姿があった。
 
朝を迎え、昼になり、そして、また夜になった。
日本人患者は、依然として意識のないまま昏睡状態が続いた。
 
キャサリンは、夜を徹して見守っていた。
そして何度も、天井を見つめ、祈った。
「神様、どうか早く、この患者さんの意識を回復させてあげて下さい・・・。」
 
 
その日から、3日が経過した。
その日本人患者は、ゆっくりと目を開けた。
 
 

               


 
 
 
 



 

inserted by FC2 system