「あっ!目が覚めたのねっ!」
キャサリンがその患者の様子に気づき、大声で叫んだ。
すると、そばに居た看護師たちが足早に近寄って来た。
「気分はどうですか?」
「身体は痛くないですか?」
「あなたは、どうして、ここシアトルの海岸に辿り着いたのですか?」
「あなたは日本人ですか?」
男は、集まってきた看護師たちから様々な質問をされた。
すると看護師長が、静かな声で言った。
「みんな、静かにして・・・。彼は、今、意識が戻ったばかりよ。そっとしてあげなければ駄目じゃないの・・・。」
「はい、すみません・・・。」
看護師たちは、声を揃えて言った。
看護師たちがそう言うと同時に、看護師長は、壁にあるベルを押した。
医師を呼ぶベルである。
 

その男は、周りをきょろきょろと見ていたが、突然、ガタガタと震え始めた。
「大丈夫ですか!?」
看護師長が言った。
周りの看護師たちは、すぐに患者の身体を押さえた。
「ああああ・・・・!」
男は、大声を発した。
そして、大きく身体を払いのける動作をしたが、身体の痛みを感じたのか、うずくまった。
「うううう・・・。」
痛みを堪えているようだ。
 
 
その時、オットー博士が病室に入って来た。
「意識が戻ったか!」
オットー博士は、病室に入るなり声を高くして言った。
「いや、意識は戻ったのですが、かなりおびえた様子で・・・。」
看護師長が言った。
するとオットー博士は、男に近づき、小声で言った。
「私の声が聴こえますか?」
「・・・・。」
男はオットー博士の顔を見ていたが、答えなかった。
オットー博士は、続けた。
「それでは・・・、私の顔が見えますか?」
「・・・・。」
その問いにも、男は答えなかった。
 
オットー博士は、少しの間考えていたが、もう一度、患者に向かって言った。
「あなたは、日本人ですか?」
「は・・、は、い・・・。」
男は、初めて声を発した。
声は震えている。
オットー博士は、間を空けずに続けた。
「あなたは、どうして、ここに辿り着いたのか解りますか?」
男は考えている様子だったが、しばらくして答えた。
「わ、わかりません・・・。ここは、何処、なのですか・・・?」
「ここは、米国ワシントン州のシアトルです。」
オットー博士は、続けた。
「あなたの名前は?」
男は一瞬眉をひそめ、考えている様子だったが、しばらくして、オットー博士の顔を見据えて言った。
 
 


「徳川・・・、大周です・・・・。」
 
 
 
 
その日は、鎮静剤を打って、休ませた。
次の日は、朝から徳川に対する細かな検査が始まった。
脳波、心電図、血圧、脈拍数を測り、そして採血をした。
その後、様々な検査を続けた。
 
 
 
徳川は、意識が戻ってからの数日間、まだ脅えた様子が残っていたが、日が経つにつれて次第に表情に明るさが見られる様になって来た。
 
「トクガワさん、ゴキゲン、イカガ?」
意識が回復してから一週間後の朝、キャサリンがそう問いかけると、徳川は少し微笑みを浮かべて答えた。
「はい、まだ身体は痛いけど・・・、元気です。」
「ああ、それは良かったわ!」
キャサリンは、その言葉を本当に心から喜んだ。
この一週間、キャサリンは徳川に就ききりだった。
そして、キャサリンは、徳川の脅えを少しでも回復させようと、毎日コミュニケーションに努めた。
キャサリンは実際、日本語も勉強した。
日本語を勉強して行く内に、徳川の心の中も理解出来るような気がした。
 

その日、徳川とキャサリンは、いろいろな話をして打ち解けた。


「シアトルって、アメリカのどの辺ですか?」
「合衆国の地図で観ると、左上の方よ。徳川さん、アメリカは初めてですか?」
「はい、初めてです・・・。」
その徳川の言葉を聴いて、キャサリンは唖然とした。
「・・・、アメリカに初めて来たのに、辿り着いた場所が、シアトルの海岸だったのね・・・。」
「・・・・・。」
徳川は、黙っている。
その徳川の表情を見て、察し、キャサリンは続けた。
「・・・、あ・・・、でも、初めてのアメリカ旅行がシアトルで良かったわ! それで、私達は知り合えたのですものね・・・。」
キャサリンは、やっとの微笑みを浮かべながら言った。
「はい・・・、でも、なんか、僕の記憶が、とぎれとぎれの様な気がするんです・・・。」
徳川は、続けた。
「何故か分からないのですが、どうやってここに辿り着いたのか、まったく憶えていないんです。」
すると、キャサリンは微笑みながら言った。
「大丈夫ですよ。ちょっとショックを受けたみたいなので記憶が途切れていると思いますが、すぐに思い出しますよ。」
「どうもありがとう・・・。ちょっと、疲れたので、寝ても良いですか?」
「あ、どうぞ、ゆっくり休んで下さい。」
 


徳川は、眠りについた。
眠りについて、夢を観た。
そこには、ある女性が浮かんだ・・・・。
 
 

               


 
 
 



 

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