「いったい、こ・・・、これは・・・・!」
徳川は、新聞を凝視している。
目は、一点を見つめていた。
 
「徳川さん、どうしたんですか?」
和美が驚いて、徳川に向かって言った。
 
徳川は、黙っている。
和美の声に気がついていないようだ。
「徳川さん、どうしたんですか!」
和美は、大きな声を出して言った。
 
「あ・・・、ごめんなさい・・・。和美さん・・・、この新聞は、本当に今日の新聞なんですか・・・?」
「はい、そうですよ・・・。でも、何故そんな事を聞くんですか?」
「僕は、一体どうしてしまったんだろう・・・・。」
徳川は、そう一言いうと、ベッドにうずくまり震え出した。
「徳川さん、大丈夫ですか・・・。」
和美は、どうしたのかと心配そうに徳川を見ていた。
 
徳川は、しばらく、うずくまったまま黙っていたが、ゆっくり起き上がると、小さな声で言った。
「今日は、195417日なんですね・・・。」
 
「・・・はい、新年明けた7日、日本だったらお正月の七草ですね。子供の頃、よく七草粥を食べましたよ。」
和美は、徳川がまだ精神的に辛いのだろうと思い、気遣いながら穏やかな口調でそう言った。
「いや、そうじゃなくて・・・、今年は、1954年なんですよね!」
徳川は、和美の話を制止するかのように、強い口調で言った。
「はい・・、徳川さんは、1953年の暮れにシアトルの海岸で意識不明の状態で発見されました。そして、年を明けてから意識が回復なさって・・・」
和美は徳川に気遣い、ゆっくりとしゃべっていたが、徳川はまた、それを遮った。
 
「和美さん・・・、今の、アメリカ大統領の名前は?」
和美は、一呼吸置いてから答えた。
「アイクですよ・・」
徳川は、和美が言い終わるのを待ちきれんばかりに言った。
「アイクって・・・、誰ですか?」
「あっ、ごめんなさい。アイクは通称で・・・、アイゼンハワー大統領ですよ。でも、そんな事知っていますよね?徳川さん・・・」
徳川は頭がおかしくなってしまったのだろうと、和美は思っていた。
 
徳川は、少し考え込んでいたが、小さな声で呟いた。
「アイゼンハワー・・・? ずっと昔に聞いた名前だ・・・」
徳川は、続けた。
「えっと・・・、確か、第二次大戦中の・・・陸軍元帥・・・」
「そうです。その陸軍元帥のアイゼンハワーが、大統領なんですよ。」
和美は、たたみ掛けるように言った。
そして、徳川の顔をじっと見ていた。
 
 
 
徳川は、しばらく考えていたが、か細い口調で言った。
「和美さん・・・、僕は・・・、あの・・・、僕はね・・・」
そこまで言うと、少しためらったが、一呼吸して続けた。
 
「僕の記憶では、僕は・・・、1999年で生きていたんだよ!」
「えっ・・・、あ・・・、徳川さん、だって、それでは・・・、あなたは45年先の未来から来たという事ですよ・・・?」
「そうだね・・・」
 
和美は、徳川を見据えた。
「徳川さん・・・、今日は、とっても疲れているのだと思うわ・・・。次の検温の時間まで、少し休まれた方が良いと思いますよ・・・。」
「和美さん・・・、いや、違うんです・・・」
「とくかく、睡眠をちゃんととった方がいいわ・・・。」
和美は、そこまで言うと、少し考えている様子だったが、慌てた口調で言った。
「あっ、徳川さん、ちょっと待っていて下さいね・・・」
和美はそう言うと、小走りに病室を出て行った。
 
 
 
和美は、いろいろな看護師に尋ね、オットー博士を捜した。
ロバート・オットー博士は、病院別館にある会議室で講義中との事だった。
和美は、会議室の前で待った。
20分程待ったが、会議は終わり、オットー博士が部屋から出てきた。
 
「オットー博士!」
和美は、思わず大声で呼んだ。
オットー博士は、その和美の声に反応してすぐに振り向いたが、
「ああ、そんな慌てて、一体どうしたのかね?」
オットー博士は、穏やかに言った。
緊急時を何度も経験しているオットー博士は、どのような時でも冷静さを保っている。
和美は、オットー博士のその毅然とした姿を見て、少し動揺しながら言った。
「あの・・・、記憶喪失だった日本人の徳川さんの事で、ちょっとお話があるのですが・・・」
「ん・・・、何かあったのかね?」
オットー博士は、聞き込む様な仕草をして、ゆっくり歩き始めた。
和美は、そのオットー博士の後姿を見ながら徳川の事を話した。
 
 
和美が話し終わると、オットー博士が言った。
「いやね・・、記憶喪失者にはよくある事なんだよ。本か何かで読んだ歴史と、自分の歩んで来た歴史とがごっちゃになっちゃうんだ。」
オットー博士は、続けた。
「それは過去だけではなくて、例えば未来の事を書いたSF小説とか映画を観て、それが記憶に残っていて、さぞ自分が体験したかのように思ってしまう事もあるんだよ。」
和美は、そのオットー博士の説得力ある説明に、大きくうなずいた。
「分かりました。徳川さんは、事故で記憶を失っていたのですから・・・、それは仕方がない事ですね。」
「そうだね。とにかく心配はいらないよ。でも、後でちょっと徳川くんの病室を覗いて見ようかな。」
オットー博士は、続けた。
「じゃ、用事を済ませてから、30分後に徳川くんの病室に行くよ。」
 
和美は、安心した。
「やっぱりオットー博士は、さすが、いろいろな患者さんを診て来ているだけあるわ・・・」
 
 
 
 
30分後、オットー博士が徳川の病室に現れた。
和美も、すぐに入って来た。
オットー博士は徳川に近づき、笑顔で言った。
「徳川くん、ご機嫌いかがかな・・・?」
「はい・・・、身体の方は、大分痛みもなくなりました。」
徳川は、少々緊張気味で答えた。
 
「そうか・・・、それは良かった。怪我の回復は、順調のようだね・・・」
オットー博士は、ゆっくりと静かな口調で言った。
和美は、隣で微笑んでいる。
「徳川さん、良かったですね。」
小声で、言った。
 
オットー博士は、ちらっと和美の顔を見たが、すぐに徳川の方へ向いて言った。
「徳川くん・・・、君は未来から来たのかね?」
オットー博士も、微笑みながら言った。
 
「はい、そうだと思います・・・」
徳川は、更に緊張しながら言った。
 
「そうか・・・、その未来とは、どんなものが存在しているのかな?」
そのオットー博士の唐突な質問に、徳川はしばらく考えていたが、窓の外をぼんやり眺めながら、ひとつひとつ、ゆっくりとした口調でしゃべり始めた。
 
 

               


 

 

 

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