徳川は、歩きながら満天の星空を眺めていた。
とても、綺麗だった。
 
「あれから、何時間経ったのだろう・・・」
 
時計すらも持っていなかった。
徳川は、真っ暗な夜の中で、自分が過ごしている「時」が全く分からなかった。
実際、何処へ向かえば良いのだか、分からなかった。
自分は、この見知らぬ土地で、どうすれば良いのか・・・
これから、どう生活すれば良いのか・・・

途方に暮れた。
 
徳川は、ずっと歩き続けた。
歩き疲れ、川の土手に腰を下ろした。

「寒い・・・」
「なんて、寒いんだろう・・・」
そう、続けて呟いた。
 
指先や足の爪先は、悴んで、殆ど感覚がない。
「本当に、寒い・・・」
 
そう思ったら、ある大切な事を思い出した・・・
いや、思い出しそうだったのだが、もうひとつ明確には思い出せない。
ただ、ぼんやりと、徳川は何かを思い出そうとしていた。
 
 
 
凄い寒さに、目が覚めた。
いつの間にか、眠っていたのだ。
いったい、何時間くらい眠ったのだろう・・・
とても眠い・・・
「ああ・・・、このまま、また眠ったら凍死してしまう・・・。歩かなければ・・・」
やっとの思いで立ち上がった。
そして、歩き出した。
 
徳川は、明かりの見える方へ歩いた。
「とにかく、何処か、寒さを凌げる場所を探そう・・・」
 
 
 
しばらく歩くと、無数の小さな灯りが見えてきた。
その灯りがだんだんと近づいて来ると、それが何なのか、やっと分かった。
潮の香りがした。

「海だ・・・」

その無数の灯りは、港に停泊する沢山の船のライトだった。
さざ波の音が、聴こえる。
徳川は、桟橋を歩いた。
すると、向こうの方で何か人の話し声が聴こえて来た。
近づくと、体格の良い、大きな三人の男が話をしていた。
 
「おう、若いの、こんな夜中に何してんだい!」
一人の男が、徳川を見るや言った。
「あの・・・、泊まる所がないんです・・・。さっき、川の土手で寝てしまって、あまりの寒さで起きました。そのまま眠ったら凍死してしまうと思って、歩いていたら、ここに辿り着いたんです。」
徳川がそう言うと、一人の男が徳川の顔をじっと見つめながら言った。
「可哀相に、宿なしかい・・。この寒さじゃ、外で寝たら凍え死んじまうぜ。」
「はい、小切手を持っているので、明日、銀行へ行けば現金になるのですが、とにかく今はお金を持っていなくて・・・」
そう徳川が言うと、男は一瞬他の男の顔をちらっと見たが、すぐに、また徳川の顔を見据えた。
「それじゃ、俺の船で一晩泊まって行けよ。金はいらねえからよ!」
「ありがとうございます・・・」
徳川は、深々と頭を下げた。
 
 
 
船は、約20メートル程あった。
中に入ると、腐ったような魚の臭いで充満していた。
波が来る度に、ギシギシと船が鳴った。
徳川は、3人の男の後を歩いた。
そして、船室に案内された。
 
「おう、ここだよ。ここで、ゆっくり寝な。」
一人の男はそう言い、徳川に毛布と枕を渡した。
少し湿っていて、カビの臭いがした。
「ありがとうございます。」
徳川は、また深々と頭を下げた。
 
 

暗く、薄汚れた船室の中で、徳川は横になり、毛布に包まった。

「ああ・・・、これでやっと眠れる・・・」

そう思いながら、徳川は、さっき川の土手で、何を思い出しかけたのかを考えていた。
「何かを思い出しそうになったのだけど・・・、いったい、あれは何だったのだろうか。」

だが、次第に睡魔が襲って来た。

 

徳川は、深く眠りについた。
 
 
 
徳川が眠り、しばらくした頃、船室の外の廊下で何か小さな物音がした。
とても小さな音だったが、それは、木が軋むような音だった。
そして次に、「カチャ・・」っと、かすかに金属同士が当たる音がした。
 
そして・・・、「キー・・・」という、金属が擦れるような音・・・
 


 
徳川が寝ている暗い船室の中に、人の男が入って来た。
 
 
 
 

               


 

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