その夜、徳川は、シー・グールと、シーフード・レストラン「THE KING FISHER(キング・フィッシャー)」のオーナーのジョニー・ワーカーと一緒に、三人で「THE KING FISHER」の2階にあるバーで、バーボンを飲んでいた。
 
 

「なぁ、若いの・・、そう言えば今日の昼間、食事していた時、妙に、バンドを見入っていたな。お前、ジャズは好きか?」
シー・グールが、ふと思い出したように言った。
 
「えっ・・、ジャズって何ですか?」
徳川は、眉をひそめた。
 
「ああ、なんだ、お前、ジャズ知らねぇのか・・。ジャズってのはな・・・」
ジョニー・ワーカーが、口をはさんだ。
さすが、自分の店にバンド演奏を入れているだけあって、ジャズには詳しいようだ。
ジョニー・ワーカーは、その後ジャズの話を延々と語り続けた。
シー・グールも、黙って、その話を聞いていた。
 
徳川は、ジョニー・ワーカーの話を真剣に聞き入っていたが、しばらくして、急に顔色が変わった。
 
 
 
「あの・・・、僕は、そのジャズという音楽に、どうも何か、深いものを感じるんです・・・」
徳川は、そこまで言うと、ジョニー・ワーカーとシー・グールの顔を交互に見ながら、ゆっくりとした口調で話し始めた。
 
「今日、昼間に演奏を聴いていて、何故か、自分が子供の頃に聴いた事がある音楽のような気がしてならなかったんです・・・。実は、あれから僕は、ずっと考えていました。でも今、ジョニーさんのお話を聴いていて、そのジャズという音楽は、自分にとって、もしかしたら、とても深い繋がりがある様に思えてならないんです・・・」
 
その時、シー・グールは、徳川の顔を見ながら静かに聞いていたが、いきなりハッとしたような顔をして言った。
「そうだ!お前よ。そう言えば、昼間に変な事言っていたな・・・。何か、何処から来たか分からないような事言っていたけど、それは本当か?」
 
「はい、本当です・・・。じつは、自分は、何処から来たのか分からないんです・・・。でも、こうして話している内に不思議と、だんだん、少しずつですが思い出されて来るような気がするんです。」
徳川が、言った。
 
すると、シー・グールはジョニー・ワーカーの顔をちらっと見ると、徳川の方へ向きを変え、静かに言った。
 
「お前さん・・・、もしかしたら記憶喪失なのか・・?」
 
「はい、そうかも知れません・・・。でも・・・」
 
「でも・・?」
シー・グールは、徳川の顔を覗き込んだ。
 
「はい・・・、信じて貰えないかも知れませんが・・・、僕は・・・、たぶん未来から来たんです・・・」
 
 
 
「わっはっはっは!!!」
 
徳川が話し終わり、ほんの少し沈黙があったが、シー・グールはゲラゲラと大きな声で笑い出した。
ジョニー・ワーカーも、シー・グールと顔を見合わせながら大声で笑っていた。
 
「おい!ジョニー。今の話、聞いたかよ!」
 
「おう。この坊やは、なんと未来からやって来たんだとよっ!」
 
「一体、何処から来たんだい?空から降って来たとでも言うのかい?」
 
「わっはっはっは・・・」
 
二人は、大声で笑いながら、徳川に、まるで幼児を見る様な顔をして言った。
 
 
だが、徳川は、二人の笑いをさえぎる様に話を続けた。
 
「あの・・・、シー・グールさん、今朝、銀行で小切手のサインを見ましたよね? あの人は、マーカス・ホリー病院のドクターなんですが、その人は、僕の話をすべて知っています。電話をするという約束をしているので、電話をして貰えませんか?」
 
徳川は、肩をすぼめながら続けた。
 
「じつは、公衆電話の掛け方が分からないんです・・・」
 
 
 
その時には、シー・グールもジョニー・ワーカーも、黙っていた。
 
ジョニー・ワーカーが、言った。

「おう・・・、マーカス・ホリー病院のドクターなら、たまに、うちの店にも来るぜ。知り合いも居るから、俺が電話してやろう・・」
 
ジョニー・ワーカーは、続けた。
 
「ところで、そのドクターの名前は、何て言うんだい?」
 
「ロバート・オットー博士です。」
徳川が、言った。
 
 
 
ジョニー・ワーカーは、店内にある公衆電話を使い、ダイヤルを回した。

受付係りの女性が、すぐに電話に出た。

用件を伝えると、あいにくロバート・オットー博士は手術中との事だった。
 

「あの・・、手術は、何時間くらいで終わりますかね・・?」

ジョニー・ワーカーが受付の女性に言うと、女性は答えた。
 
「2時間後ぐらいになると思います。」
 
「それでは、また掛け直しします。」
 

電話を切った。

 

 

三人は、その後、いろいろな話をした。

徳川は未来での話をしていたが、シー・グールとジョニー・ワーカーは半信半疑のまま聞いていた。

 

そして、話し終わると、徳川は、ポツリと小声で言った。

 
 
 
 

「あの・・・、お願いがあるんです。もし差し支え無かったら、「THE KING FISHER」に置いてあるピアノを、見せて頂けないでしょうか・・・」
 
               

 

 

 

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