徳川を乗せた飛行機は、高度1万メートルを越えて飛行していた。
あと数時間で、ニューヨーク空港に到着する。
徳川は、眠りの中で夢を見ていた。
 
紀香と、いつか、雨の日の土曜日、池袋で待ち合わせて、ムーンライト・ビルの水族館へ行った時の夢を観ていた。
ロシア料理を食べて、展望台に昇った時の事も夢の中で観ていた。
昼間は雨だったのに、展望台に昇った時、いつの間にか夜空には満月の月が白く美しく輝いていた・・・・
徳川は夢の中で、紀香との幸せに酔いしれていた。
 
その時、「ガクン!」と飛行機が大きく揺れた。
徳川は、ハッとして、夢から覚めた。

機内アナウンスが流れた。

「ただいま、乱気流通過のため、機体が揺れますので、シートベルトを着用して下さい。」
徳川は初めて飛行機に乗ったが、「乱気流って、こんなに揺れるものなんだ・・・」と、想像以上の揺れに、少々ビックリした。

そう思った次の瞬間、さっきよりも大きな揺れが起きた。
 
「ガクン!!」
 
機内の乗客からは、不安の声がもれる。
「随分、大きな揺れだったな・・・」
「今まで何度も飛行機に乗ったが、こんな揺れは初めてだ・・・」
 
徳川も、初めての経験にビックリしていた。
ふと横を見ると、隣の男は、シートベルトを強く締め直していた。
徳川も慌てて、それに習った。
 
 
 
 
その頃、コックピット内では騒然としていた。
「今の揺れは何だ・・・、乱気流とは違うぞ・・・」
と機長が言うと、副操縦士が言った。
「確かに乱気流とは違います・・・、今、計器を調べているのですが・・・」
そう副操縦士が言い終わるか終わらないかの瞬間、今度は今までの倍以上の大きな揺れがあった。

「ああぁぁぁ・・・」
乗客は、ついにパニックに陥った!
それと同時に、機内の天井から酸素マスクが降りて来た。
バサバサバサ・・・・
揺れる酸素マスクを、乗客は、奪い取るかのように鷲掴みにして、何が起きているのか理解出来ないまま、とにかく、口に当てがった。
「お客様、た、ただいま、、乱気流に入り、機体が大きく揺れましたが、問題はございませんので、ご安心下さい。ただいま、酸素マスクが降りておりますが、大きな揺れが起きた場合、自動的に降りて来るシステムになっておりまして・・・」
客室乗務員は、声の上ずりを懸命に抑えながらアナウンスしていた。
 

その時、コックピット内では、更なる事態が起きていた。
「機長!垂直尾翼が何かの原因によって破壊されたもようです!」
福操縦士が、叫んだ。
「なにっ!」
「これは、一体何なんだっ!」
機長は冷静を保とうと必死だったが、言葉には、既に冷静さを失うほどの大声を発していた。
「おい、APU(補助動力装置)は、どうなんだ!」
機長が、更に大きな声で言った。
副操縦士は答えた、
「方向舵もやられました・・・、APUも機能を失いました!垂直尾翼の油圧配管も、もうダメです!もう、すべての油圧力を失ってしまいました。現在、操縦不能の状態です!」
副操縦士は、もう泣き叫んでいた。
「一体、何が起こったんだ・・・・。」
機長は、計器を睨み付けて、呟いた。
そして、すぐに「スコーク77」、緊急事態の発生を知らせる為の飛行機の最高度のSOSを発進した。
コックピット内では、各所で赤いランプが点滅し、「ビービービー」という警報音が鳴り響いていた。
そして、機長、副操縦士の他、全ての乗員達は、この次々に現れる異常な警報音、警告灯、計器の表示に対処する作業に忙殺された。

 
 
 
機体は、すでにアメリカ本土上空に、差し掛かっていた。
高度は、秒単位で下がっている・・・。
機長も、副操縦士同様、内心パニックに陥っていた・・・、しかし、自分の立場と、この機の責任者として、その気持ちの荒れを抑えようと懸命に努力した。
「管制部からの連絡は、まだ来ないか。」
機長が、副操縦士に言った。
「いや、まだ届かないです・・・。」

機長は、少しの間考えていたが、気を取り直して言った。
「近くに、胴体着陸出来そうな場所はないか?」
「今、ここの位置はどの辺なんだ?」
そう機長が続けて言うと、副操縦士が、すぐに答えた。
「もうすぐ、シ、シアトル上空に差し掛かると思われますが・・・、でも、計器が故障しているので、今現在、本機の場所を把握出来ません!胴体着陸出来そうな場所もありません! この一帯は山岳地帯です!!」
 
その頃、機は、高度8.000メートルに下がっていた。
 
「そ、そうか・・・、何とか迂回して、海まで辿り着ければ着水する事が出来るが・・・。でも、油圧力を失って操縦不能の状態では、それも不可能か・・・。」
機長は、そう小さく呟くと、時計を見ながら続けて言った。
「何とか、高度を下げない様に時間稼ぎをして、シアトル空港に着ければ良いのだが・・・。」
 
 
 
だが実際、方向舵を失ったこの飛行機は、次第に高度を下げながら、通常なら辿り着けるはずのシアトル空港を背にして、大きく旋回を始めていた。
そして、高度も、既に5.000メートルにも下がっていた・・・。
 
 
 
機内は騒然とし、緊張を極めた。
夫婦や恋人同士は、互いに手を取り合い、強く握りしめ合い、そして抱きしめ合いながら、この、あまりにも短い、流れ行く時を過ごした。
ある者は神に祈り、そして、ある者は狂乱した。
ガタガタと手が震えて、字と思えないような遺書を書き、それを握り締めている者もあった。
 
高度、3.000メートル・・・。
 
2.000メートル・・・。
 
そして、どんどん加速し、高度は、下降1.000メートルを超えた。


「もうダメだ!墜落する!!」
全ての乗員、乗客が、そう思った。
 
 
その時、機長が叫んだ。
「海だっ!」
 
 
 
その機長の叫びは、機内全体に響き渡った・・・。
いや、そう思えた。
 
 
次の瞬間、すぐ前で閃光が走った。
と同時に、飛行機の胴体は真っ二つに折れた。





目の前は真っ暗になり、

そして、すべての音は消えた。

 
 
 

               


 
 
 

 
 
 







 

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