二人の男は、息を殺し、徳川が寝ている場所に忍び寄った。
そして、一人の男が、壁に掛けてある徳川のジャケットのポケットを弄った。
もう一人の男は、徳川の様子をじっと見ている。
 
男は、ジャケットの、あちこちのポケットを弄っていたが、何か感触を得たかのような表情をした。
そして、もう一人の男に向かって指で合図をした。

「おい、行くぞ・・・」

微かな声で、男は言った。
 
 

二人の男は、船室から出て行った・・・

 

 

 

翌朝、徳川は大きな音で起こされた。
「ボー!」
他の大きな船の出港を知らせる音だ。
徳川は眠い目を擦りながら外へ出ると、昨晩の真っ暗な空間では全く見えなかった物がそこに広がっていた。
大きな船を、船先案内人が舵をとる小さな船が誘導して行く。
昨夜の暗闇の中の静けさとは打って変わって、船たちがお祭り騒ぎを繰り広げるかの様に、徳川の目に映った。
「港って、いいものだな・・・」
 
徳川がそう呟くと、後ろから一人の男に声を掛けられた。
 
「なあ、港は良いもんだろう! 港の朝は、本当に気持ちがいいんだぜ!」
振り向くと、そこに、昨夜、この船に泊まらせてくれた体格の良い男が立っていた。
「どうだい、ぐっすり眠れたかい?」
男は、笑いを浮かべながら、そう言った。
「はい、お陰さまで、とてもぐっすり眠れました。どうもありがとうございました。」
徳川は、肩をすぼめた。
 
徳川は、続けた。
「とても親切にして頂いて、お礼をしたいのですが・・・。あの、あなたのお名前は・・・?」
男は、今度は、もっと大きな声で笑いながら言った。
「わっはっは・・・、俺は名前を言うほど大したもんじゃねぇけどな。 まぁ、皆、俺の事は、って呼んでるぜ。」
「あの、本名は、何ていう名前なのですか?」
徳川が、そう言うと、シー・グールは着き放つように言った。
「本名なんて、ねぇんだよ!」
そう、強い口調で言ったが、すぐに小声で言い直した。
「あ、ごめんよ。悪かったな・・・、俺はちょっと短気なんだ・・・。とにかくよ、シー・グールって言うんだよ。宜しくな・・・。」
徳川は、シー・グールという人物は、きっと過去に何か重く辛い思い出がある人なのだろうと察した。
 
徳川は、この世話になった男に、何かお礼をしたいと思っていた。
「そうだ・・・、あの、銀行は、何処にありますか? 小切手を・・・」
徳川は、そこまで言い、ジャケットのポケットに手を入れた。
 

「あっ・・・、ない!」
何度もポケットに手を入れて弄ったが、オットー博士から貰った小切手が見つからない。
「どうしたんだろう・・・」
徳川の顔は、急に青冷めた。
 
「おい、どうしたんだい! 小切手が、ねぇのかよ。」
シー・グールは、心配そうに徳川の顔を覗き込んだ。
「はい・・・、確かに、このポケットに入れて置いたんですが、無いんです・・・」
「ほんとか?」
「はい・・・」

その後、シー・グールは下を向き考えていたが、いきなり大きな声で言った。
「ちょっと待て! 昨夜までは、確かに持っていたんだろうな・・・?」
「はい、寝る時にジャケットを脱いだんですが、その時には確かにありました。」
「そうか・・・」
シー・グールは、頷くと、小さな声で言った。
「なぁ・・・、お前がこの船に入って寝た事は、俺と・・、あとは、奴らしか知らねぇんだよな・・・」
そう言うと、シー・グールは走って船内に入って行った。

 
シー・グールは、すぐに戻って来たが、興奮した様相で徳川に向かって言った。
「おい、今すぐに銀行へ行くぞ! なあ、お前、俺に着いて来い! もう手遅れかもしれないがな・・・」
 
シー・グールは、徳川に手招きすると、急に走り出した。
徳川は、シー・グールの後を追った。
桟橋を出て、大きな道路を走った。
シー・グールの足は、とても速かった。
徳川は、息を切らし、後を追うのがやっとだった。
「はあ、はあ・・・」
 

10分程走ると、広い空き地に入った。
車が、何台か駐車してあった。
その中の、ひと際目立つ黄色いムスタングの鍵穴に、シー・グールは鍵を差し込み、ドアを開け、車内に入った。
それに続いて、徳川も助手席に乗った。
ムスタングは、キュルキュルとタイヤの音をたてて、一度バックし、急発進した。
「ズズズズ・・・・」
空き地の赤土の砂煙が立ち上り、窓の外は一瞬何も見えなくなった。
それにも構わず、シー・グールはロー・ギアでエンジンを吹かした。
「ブウォン、ブウォーーー!」
ムスタングの加速は、凄まじかった。
どんどん、凄い速さで加速して行く。
 
徳川を乗せたムスタングは、道路に出ると、北へ向かった。
スピード・メーターを見ると、針は90マイルを差していた。
凄い速度だ!
シー・グールは、前方を凝視し、無言で運転している。
 
 
しばらくすると、街中に出た。
3ブロック過ぎた信号を左へ曲がると、そこにシアトル銀行があった。
シー・グールと徳川は車を降り、銀行の入口のドアを開けた。
 
 


そこには、二人の男が立っていた。
 

 

               

 

 

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